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恋ではなく。

・今信州ではモテキが毎週放送されています。

それで今さらモテキ熱が上がってきて、1年ぶりにほぼ日のモテキコラムを読んでみました。

愛と言うにはちょっと足りない/ほぼ日刊イトイ新聞


ここで、糸井さんが「愛って判子ですよね」って言ってるのに凄く共感してしまった。

(ホントは引用しちゃいけないんだけど、こんな小さなブログだからいいよね…←)


糸井:「いまから次の局面に行くにあたって、あなたはどうするの?」って言われたときの、「愛してます!」(判子を押す仕草)。





久保:その判子を出さずに、「愛してる」っていう言葉以外で、どう人間がつながるかを(モテキで)描きたかったんですよ。

糸井:なるほどね。愛という言葉をなくしても、人間は生きていくじゃないですか。

──落語の中に有名なセリフがあるんです。

夫婦喧嘩をしたおかみさんが、亭主の悪口を言ってるんですよ。

で、悪口を聞かされてる人が、「だったらおまえさんはどうしてその男と一緒になったんだい」って訊くんです。

すると、おかみさんの答えが、「だって寒かったんだもん」



…おかみさん良い味出してるよね笑


でもこういう曖昧な感覚凄く分かる。

愛してるとか、好きとか、友達っていう言葉をなくした人付き合いをしたら、どうなっちゃうんだろうね。


自分の曖昧な感覚に名前をつけて、自分にとってその人がどういう存在か分けるっていうか。
(抽象的で意味分からない話になっちゃったな)


私はここ数年、人をラベリングしないかなあ。

長所は、「友達」以外のいろんな人と関わることができたってこと。

欠点としては、人に対する特別な思い入れが薄くなったってことかな。


小学校の頃なんか、「お前と友達だからこういうことできるんだよ!」って言葉にするだけで、変な楽しい高揚感があった。

最近はそういう人に対する執着心とか、強い仲間意識、互いにわかり合える安心感とか感じないもん。

「友達だから」、「恋人だから」、「家族だから」って、なんか不思議な言葉だなあと思います。

でもこの感覚をうまく文章で表現できません。

語り得ぬことは沈黙せねばならないってやつです。



今になって思う。ぶっちゃけ物事はラベリングしたほうが楽だよ。

学生時代なんて「友達」って何人かラベリングしちゃえば、「そのほかの人とは上手くいかなくてもいっか」くらいの心の余裕ができますから。



ああ、限界って作ってしまうと楽だわ。それ以上のことを知らなくてもやらなくてもいいもん。

デメリットとして、枠を作って安心してるんだからそれ以上自分の成長はないと思うけど。


どっちか極端でもダメか。完璧にバランスをとれるようになるんじゃなくて、やっぱバランスを取る「努力」が必要なんだよな。



・話が逸れに逸れたんですけれども←

「好き」とか「愛してる」ってやっぱりよくわからない。

正解はないんでしょうね。

自分が自分の感情に「これは好きだな」とか「この人を愛してる」ってラベルをつけるしかないと思った。




あー、やばい自分の気持ちに名前つけられない。なんかよくわからない。
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